2006年8月


2006/08/02(水)

心療内科

実家の近くの心療内科へ。いろいろと話を聞いてもらいました。
やはり、まずは体力/気力の回復を図って、それから各々のストレス源に 対処していくしかないでしょう、とのことでした。
とりあえず数種類の薬を出してもらい、しばらく通院を続けることに。


2006/08/09(水)

帰宅

いろいろの用事を済ませるため、いったん名古屋の自室へ戻ってきました。 ほぼ1か月ぶり。
メール(ほとんどSPAM)が1000通近くたまってたり、具合が悪くなる直前に 通信販売で注文していたものが受取人不在で返送されてたり。


2006/08/10(木)

自社へ

自社へ顔を出しに行きました。で、休職関係など諸々の手続きとか。


2006/08/11(金)

通院

入院していた病院へ、退院後初めての通院。
実家近くの心療内科に通い始めたことや、現在の体調などを報告。
こちらの通院もまだしばらく続けることに。


2006/08/12(土)

帰省

散髪などした後、実家へ帰ってきました。

呪縛

昨日届いた、高校の同窓会名簿を実家に持ってきました。届いてすぐに中を 見なかったのは、独りで見るのが怖かったからですが、結局夜遅くなってから 独りで見ました。
まぁ実家なら、ストレスで急に具合が悪くなったりとかしても、すぐに家族が 気づいてくれると思うので安心なのです。

昔好きだった子は、結婚していました。正直、ショックがないわけではありませんが、 これで良かったのだという気がします。もし彼女がまだ結婚していなかったら、 今後も(実際には何もできないまま)彼女(の幻影?)を追い続けていただろうし、 もし万が一亡くなっていたりしたら、たぶん正気ではいられなかっただろうし……。

「結婚おめでとう」という気持ちもありますが、それよりも「結婚していて くれてありがとう」と思います。

今から8年前、1998年の1月3日、高校卒業から4年弱の時点で同窓会があり、彼女と 会うことができました。二言三言交わしただけでしたが、彼女は高校の頃にも 増して本当に綺麗になっていました。その一方、自分の幼稚さ、変わり映えのなさに 打ちひしがれ、その晩はほとんど眠れませんでした。

それから数日後、手紙で高校の頃からの想いを伝えました。無視されてもまったく 文句の言えない状況ですが、彼女は返事をくれました。その内容は、常識的な観点から すれば「やんわりとした拒否」といったところなのですが、彼女に伝えるべきことを 山ほど抱えていた僕は、そんなあいまいな返事では納得できませんでした。

結局2000年8月までに11回、便箋にして計50枚分くらいの手紙を書きました。 (その後にも、彼女からの最後の返事に対して1回だけお礼の葉書を出しましたが。) その間、彼女から返事があったのは最初の3回と最後の1回です。これは、僕の方が 「形だけの返事なら要らない」などとして返事を拒絶するような態度を取ったからです。 それでいて最後は返事を要求し、「冗談でやっているわけじゃないんだから、そっちも のらりくらりかわすような真似をせずにはっきり答えろ」というような感じで、 無理矢理フラせました。

彼女は僕にとって本当に大きな存在でした。最初に就職した富士通を2年半足らずで 辞めたのも、「なりゆきで入ってしまったのを後悔していたから」「ソフトウェア開発の 部署に配属されなかったから」というのもあるのですが、就職したその年の夏に、 彼女に「いつか富士通を辞める」と宣言したからでもあるのです。

なんだかんだ言っても富士通は大企業です。ある程度の安定した収入や社会的地位が 見込めるわけです。辞めるにはそれ相応の決心が必要でした。
僕は今、富士通を辞めたことをまったく後悔していません(その後2年もの無職期間が あったりしますが、それでもなお、です)が、上記のどの理由が欠けても富士通を 辞められなかったと思います。

つまり、彼女の存在がなければ、今の、プログラマとしての僕はありません。

それなのに、僕は彼女にひどいことしかしていない気がします。 彼女は、他人が嫌がる/傷つくことをはっきり口にするのが苦手なタイプのようです。 しかし僕は彼女に、はっきり拒絶することを要求しました。

僕は前の仕事先で、「あなたがたは富士通のように会社を傾けたいんですか、 元富士通社員として是非お聞きしたい」といった旨の爆弾発言を日報メールで プロマネなど偉い人たちにバラまいたことがあるのですが、それでも彼女に対してしたこと と比べたら、ままごとレベルという気がします。

僕は、同窓会名簿の購入案内が来たとき、迷わず買うことを選びました。
そして、今日のこの日をずっと恐れると同時に、心待ちにもしていました。
彼女のことを忘れようとしても忘れることができない日々が続く中、現実を 直視することができる、またとないチャンスだったからです。

「そんなに彼女のことを忘れられないなら何度でもアタックすればいいじゃないか」 と思われるかもしれませんが、こちらからの最後の手紙で、彼女の方から許可がない限り 今後こちらから連絡はしないと約束したのです。 (その約束を破ってお礼の葉書だけは出してしまいましたが)

それに、もし万が一何かのはずみで付き合うようなことになったとしても、 うまくいかないんじゃないかということは薄々感じていました。
彼女は医者で、自分はプログラマ、というかソフトウェアエンジニア。 まったく畑違いで、かつどちらも(特に医者は)かなりきつい職業。 うまく付き合うのは難しそうです。(ちなみに彼女が医者だから目を付けたとか ではありません。むしろ、医者になるつもりだと初めから知っていたら、好きには ならなかったかもしれません。)
そして彼女は品行方正かつ才色兼備なのです。僕も小中学校くらいまではけっこう 勉強はできるほうでしたが、高校でよく似たレベルの人たちの中に入るとボロボロでした。 定期テストでは常に彼女は成績優秀者で、僕は下から数えたほうが早いかも?という感じ でした。(それでもなぜか模試になると、かなりの高確率で彼女に勝ってましたが……。)
僕は、「自分の好きなことをしているときだけ能力を発揮する」という、エンジニアに ありがちなタイプだと思うので、実際に彼女と付き合ったらお互いストレスがたまって 大変だったかもしれません。

それでも今まで、彼女のことをふっ切ることができなかったのです。

今日やっと、あの同窓会からの8年半の呪縛、いや高校卒業からの12年半の呪縛、 いや高2になるときのクラス替えで同じクラスになって一目ぼれしてからの14年半の 呪縛から逃れられたのかもしれません。

これから、体調/気力の回復とともに、何かが解き放たれるかもしれません。


2006/08/16(水)

近況

明日、病院に用事があるので、今日のうちに名古屋へ。
途中立ち寄ったビックカメラで、VAIO type U ゼロスピンドルモデルに心惹かれたり したものの、この値段じゃとても手が出ないなぁ……。

1チップMSX

なんか、1チップMSX発売決定とか。「もう要らない」と思ってたけど、こう言われたら 買わざるを得ない……。


2006/08/17(木)

近況

休職関係の書類を病院に提出して、そのまま実家へ帰還。


2006/08/21(月)

復帰

仕事復帰、初日。体力が落ちているので、かなり疲れました。
一昨年入院したときも、復帰して1か月くらいは本調子じゃなかったからなぁ……。


2006/08/25(金)

Zaurus

エイデンでLinux Zaurus (SL-C1000)を衝動買い。衝動買いといっても、 前からやりたかったことを実現するのに良さそう、ということで 最近目を付けていたのですが。
在庫を切らしているとのことで、宅配便で後日送ってもらうことに。


2006/08/27(日)

近況

週末は当然、実家へ帰省。不在のうちにZaurusが届いていたようですが、 受け取れず。


2006/08/29(火)

Zaurus

Zaurus受け取り。なんか、箱の一角が微妙にへしゃげてるんですけど……。
ともあれ充電池をセットして、ACにつないでみると……なんか、充電始まらないん ですけど……。をいをい、初期不良かよ!! ただでさえいろいろやることたまってて 忙しいってのに!!
しかしそこは冷静に、マニュアル読んで、いったん充電池を外してから再度ACに つないでみたところ、無事に充電開始。ふぅ…大丈夫だろうか、この機械……。


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